Ⅴ 異常気候災害
気温や雨量などが平年値から大きく偏ってかなりの期間続いた場合，その地域の平年の状態に合わせて営まれている生活や生産活動が影響を受け，災害にまで発展する．このもっとも著しいものは，主食作物生育期における低温・日照不足による冷夏災害および雨不足による干ばつ災害である．冷夏災害はほぼ日本に限定される災害である．これに対し干ばつは世界的な災害で大きな被害・影響を与えている．
1. 冷害
1.1 自然地理条件
冷夏による災害は，自然地理的条件および農耕様式ゆえに，ユーラシア大陸東岸域，とくに島国日本において地球上でもっとも激しく現われるので，昔から日本とくに東北地方は，寒い夏に苦しめられてきた．
緯度が30～50度の地帯は，北方の冷たい極気団と南方の熱い亜熱帯気団の境界である寒帯前線帯に当たる．気団の境界には強い偏西風（ジェット気流）が吹いている．前線帯は全体として夏に北上し冬には南下するが，偏西風帯の蛇行によってもその位置は場所ごとに異なった南北振動を起こす．ユーラシア大陸中央部には高さが対流圏の半分近くを占めるヒマラヤ・チベットの広い高山岳域がある．夏の初めに亜熱帯のジェット気流はヒマラヤのところまで北上して流れが大きく乱され，チベット高原の北側に大きくジャンプしたりする．風下にあたる東岸域（極東域）では，ジェット気流は大きな波動を起こし，また，山岳の南と北を回りこむ流れが合流して強くなる．夏の日射によって高温になる大陸と低温のオホーツク海や北部太平洋との間には，その温度差のために顕著な気団の境界がつくられることも，東岸域でジェット気流を強くしその方向を南北に向ける働きをする．北米大陸に比べると陸地や山岳の規模が大きいので，乱れの規模は大きくなる．
偏西風が大きく波動して極気団が南へ張り出し，ショートカットにより切り離されブロックされた状態になって持続すると，低温が続く（図5.1）．停滞した気団の境界は前線帯となり雨天と日照不足が続く．日本は島国であり，流入する気流はすべて海を渡ってくるので下層に多量の水分を含む．これが霧をつくり雨を多くして，日射を妨げ低温をもたらす．
1.2 農耕条件
ユーラシア大陸東岸域はモンスーン気候下にあり，夏には南東からの気流に支配されてかなり高緯度まで暑いのが通常である．冷い夏は北日本で10年に1回程度の頻度である．降水量もまた多く，同緯度の他地域の2～3倍ある．暑い夏の年が多く水が豊富という環境条件を生かして，人口支持力の大きいイネが主食穀物として栽培されている．イネは熱帯・亜熱帯が原産地で，小麦・トウモロコシに比べ2倍ほどの温度積算量を必要とする．活発な光合成活動をおこなって多量の生産物を貯蔵する穀物にとって日照不足は大きな障害であるが，とくにイネにとっては夏の低温・日照不足の影響は厳しくなる．現在日本の水稲作の中心は，北海道・東北・北陸の積雪寒冷地域にある．寒冷地の自然環境は，冷害と病虫害が回避されるならば，稲作にとって有利なのである．これは，緯度が高いので日照時間が長い，気温の日較差が大きい，太平洋側に比べ夏季に晴天の日が多く気温も高い，呼吸作用による光合成物質の消費量が低温のため少ない（穀実としての貯蔵が多い），融雪により多量の水が継続的に供給される，などの理由によるものである．
1.3 冷夏の気圧配置
日本に冷夏をもたらす気圧配置には，北東気流型と北西気流型（寒冷セル型）とがある．北東気流型はヤマセ型と言われるもので，夏季になっても北方の気団であるオホーツク高気圧が強くて日本付近にまで張り出し，北日本の太平洋側に冷湿な北東気流（ヤマセ）を送り込むというものである．この気流は寒流である親潮の上を吹いてくる間に下層が冷却されて霧が発生する．これが北海道および東北の太平洋岸に吹き込んで低温と日照不足をもたらす．ヤマセの気流は高さが1000mほどと低いので，その動きは山地地形の影響を大きく受け，脊梁山脈を越えた西側ではフェーン現象が起こることもあって，あまり低温にはならない．
北西気流型は，夏季になっても大陸が低圧部とならずにシベリア高気圧が残り，寒冷な北西気流が寒冷セルとなって日本付近に流れ出すものである．この場合は沿岸域に限定されず，北日本あるいは日本の全域が低温になる可能性がある．南の気団である太平洋高気圧の張り出しが弱いと，相対的に北の気団が優勢になって冷気が南下する．エルニーニョの時には太平洋高気圧の中心が東に偏るので，日本では冷夏になりがちである．
1.4 冷夏の被害
水稲にとって22℃～26℃が適温で，24℃付近で収量が最大である．生育期の低温は成長が遅れるという遅延型冷害を，結実期の低温は実が結ばないという障害型冷害を引き起こす．夏を通じて低温が続くと遅延型と障害型の冷害が重なって大凶作となる．前線が日本付近に停滞すると長雨と日照不足によって，更にそれによる病虫害の発生が加わり，減収は一層大きくなる．
1993年には北東気流型と北西気流型とが重なって，8月になっても全国的に低温・日照不足が続き，水稲の作況指数は全国平均で74，東北三陸沿岸では10以下という大凶作となった．農作物の被害額は1兆円（内水陸稲81％，地域別では東北51％，北海道23％）に達した．なお，奄美地方以南では通常の暑い夏で豊作であった．1980年の大冷害はヤマセ型であったので，東北地方三陸沿岸で作況指数が10以下であったのに対し，秋田・山形の日本海沿岸はでは100を越え地域差が大きく現れた．
北日本の夏季気温の年変動は大きく，数年に1回の割合で冷夏に見舞われている．とくに18世紀から19世紀半ばにかけて地球全体の気温が低下し，日本でも頻繁に冷害とそれによる飢饉が起こった．この期間には3年に1回の頻度で東北凶作・大凶作の記録がある．とりわけ，享保(1717～20)，天明(1783～89)，天保(1833～38)の冷害と病虫害による飢饉はもっとも厳しいもので，それぞれ100万人ほどの死者（多くは餓死）がでたと推定される．収穫不足が飢饉にまで至り死者が生ずるか否かは，社会の安定度や経済水準などに依存する．
2. 干ばつ災害
2.1日本の干ばつ
干ばつとは，雨量が異常に少ないという天候がかなりの期間続いた状態を言う．温度とは違って水は貯めたり運んだりすることは可能であるが，世界的にみると干ばつは低温よりも更に大きな脅威となっている．
年降水量がおおよそ500mm以下のところが乾燥・半乾燥地帯である．この雨量は作物の生育にとっては限界的な条件であるものの，この乏しい雨に依存して半乾燥地帯でも多くの人が住み農耕を営んでいる．干ばつによる人的被害のほとんどは半乾燥地帯で発生しているが，日本のような湿潤地帯においても主要作物の生育期に雨不足が起こると，水の供給を天水に頼っている農業地帯ではとくに深刻な問題となる．
植物は地中から水分を吸収することによって栄養分を取り込み，水を使って光合成作用を行い，また葉の表面から水を蒸発させて体温の上昇を抑えている．このように水の継続的な補給は植物の生存にとって必須条件であるから，干ばつの影響は農業面においてもっとも著しく現れる．雨不足はまた，都市における生活用水不足・断水という，いわば都市干ばつをもたらす．
日本が位置する緯度帯は，夏には亜熱帯高圧帯に支配されて基本的には乾季であるが，海からの湿った南東風が流入する大陸東岸にあるので，かなりの降水に恵まれている．雨は主として台風がもたらしてくれる．しかし，太平洋高気圧が優勢で西に大きく張り出し安定した夏型気圧配置が続くと，西日本を中心に少雨の天候となる．恵みの雨をもたらす台風は，高気圧のへりを回って大陸に向かってしまう．地球温暖化は亜熱帯高気圧の張り出しを大きくして日本列島に干ばつをもたらす可能性がある．
干ばつ対策としては，溜池をつくって水を安定的に供給するということが古くから行われてきた．溜池が全国でとび抜けて多いのは瀬戸内地域で，この地域が干ばつに見舞われやすいことがわかる．ついで溜池が多いのは九州，山陰，近畿である．
2.2 世界の干ばつ
降水量が少ないため樹木は生育できず植生は草や低潅木だけというところを半乾燥地帯（ステップ地帯），降水量がさらに少なくて植物はほとんど生育しなところを乾燥地帯（砂漠）とよぶ．中・低緯度地帯においては，半乾燥地帯となる年降水量の限界値は500mm，砂漠のそれは250mmというのが大よその目安である．
作物の安定的栽培に必要な降水量の下限は，品種や気温によって異なるが，乾燥に強いもので年300～500mm程度である．したがって，年降水量がほぼこれに相当する半乾燥の地域において，干ばつの被害は激しく起こる．半乾燥地帯は砂漠の周辺に拡がっており，乾燥に強い主食用作物の栽培に依存した農耕生活が営まれているが，このいわば限界的地域で降水量不足が生ずると，大きな災害に発展する．近年ではサハラ砂漠の南縁につらなる半乾燥地帯のサヘル，およびその東の延長上のエチオピア・ソマリアにおいて，干ばつ被害が恒常的に発生している．20世紀中の干ばつ死者はおよそ1500万人と推定され，洪水や地震などその他自然災害全体の死者の10倍にもなっている．世界的にみて干ばつは最大規模の災害である．
亜熱帯砂漠の高緯度側の半乾燥地帯には大草原（温帯草原）が拡がっている．ここでは毎年枯れる草が多量の有機物を供給するので肥沃な土壌が形成され，小麦・トウモロコシの大生産地帯や牧畜地帯になり，世界人口の多くを養っている．アメリカの中央平原（プレーリー・グレートプレーンズ），ユーラシア大陸中央に東西につらなる大平原（グレートステップ），南米南部の平原（パンパ）などがこれである．この穀倉地帯で雨不足が起これば，世界の穀物供給に大きな影響が生じる．大人口を擁し砂漠もある中国・インドなどが干ばつになり食料不足が生じると，世界の穀物需給や農産物価格に影響を与える．干ばつの発生頻度は大地震などよりも大きいので，干ばつは世界的な影響をもっとも頻繁に与える災害である．